「日本拳法とは」カテゴリーのアーカイブ

昔の日本拳法

Posted: 2013/01/09 カテゴリー: 日本拳法とは

日本書紀』にある野見宿禰と当麻蹴速の古代相撲は総合格闘技と思われる記述内容で、複数の古流柔術流派が起源としています。

530-1

第11代垂仁天皇7年7月7日(西暦200~400年と推定)
比類なき強さと名高い大和国の当麻蹶速と出雲国の野見宿禰が天皇の命で対戦することになりました。
二人はお互い足をあげて蹴り合った末に、宿禰は蹶速の脇骨を蹴り折り、腰を踏み砕いて殺してしまいました。
死を超越した格闘技、それが日本の国技といわれる相撲の原風景であります。

530-2

日本拳法はそれを復元する試みとの触れ込みもあり、実際に昭和40年代ごろまで大きな試合は四隅に立てられた柱にロープを張った「リング」で行われ、これは古代に相撲神事で使われていたものの再現とのことであったそうです。

530-3

日本拳法は、古流柔術の流れを汲んで誕生した格闘技である。
顔面・胴への直接加撃に加え、投げ、倒れた相手への打撃、関節技が認められたこの競技、現存する競技の中では、最古の総合格闘技といっていいかもしれません。

広告

日本拳法とは

Posted: 2013/01/02 カテゴリー: 日本拳法とは
タグ:

 日本拳法80周年記念プロモーションビデオ
(Promotion video of the 80th anniversary of Nippon Kempo)

日本拳法とは
日本拳法の誕生
東洋には、古くから諸派の拳法が伝わっている。いずれもみな長い道統を有するが形(型)の拳法である。だが、私が昭和7年に創始したこの日本拳法は乱(らん)の拳法であった。防具を創案し、それを着装して、お互いに自由に撃ち合って、拳の法を修めるものである。
初めてこの世に生まれた乱の拳法には、もとより師家もなければ、道統もなかった。われわれの修行と研究は、いわば、人跡未踏の大陸を探求するようなものであった。
souke
日本拳法の概要と特徴
日本拳法は、素手の格技である。その技術構成は、拳の突打、足の蹴りなどの博技(うちわざ)と、組みついた場合の投技、関節の逆技などの諸技とを総合したものである。人間の最も本来的な格闘技術である。
その特徴は、突打蹴の博技に対して、創案の防具を着装して、安全に、かつ自由に撃ち合って稽古をすることである。この稽古法を乱(らん)稽古といって、練技の主流とし、また、この様式によって、いままでできなかった試合を可能にした。

従来の形(型)稽古から自由な撃ち合い稽古へ
拳の格技は、組打ちの格技とちがって、修技者の両名が、相対して互いに自由に技を戦わせて稽古することは、きわめて危険である。これがため、拳の格技の稽古法は、古くから補助的な独り稽古をしたり、また修技者同志が形(型)の形式で稽古してきたものであった。もちろん、独り稽古も形(型)稽古も、拳法の修行には必要、かつ大事なことではあるが、ただ、これ一辺倒の修練をしていると、いろいろな欠陥や弊害を生じてくるものである。
実際に役立つ、実法を修練するには、どうしても自由に撃ち合う稽古をする必要がある。そこで私は、自由な撃ち合い稽古を工夫考案したのである。もちろん防具のないときのことであるから、互いに拳足を相手の体に当てないように、その寸前で止める空撃をもって、撃ち合いをすることにしたのである。そこで、まず、約束組手、自由組手、真剣組手の三つの稽古法を創ったのである。
shidou

防具の創案
防具の創案と乱稽古の誕生
自由組手の出現は、いままでの拳の技法を一変させた。しかし、なんといっても、互いに空撃の撃ち合いでは、不十分なところがあり、それなりの欠陥もできてくる。本当に充実した修練成果を収めるには、さらに一歩進んで防具装着による稽古をせねばならない。われわれ自身の手による試作品は実験を繰り返し、できあがった手製の防具見本として、街の専門店へ回し製作されることになったのである。それからは、防具を着装して思う存分、力一杯の突打蹴をもって撃ち合い、組みついては投技・寝技にも転じ、徒手格技の総合的な稽古をすることとなったのである。

道としての日本拳法
拳法の本来は、いうまでもなく武道である。だが、同時に、スポーツとしてその快味を楽しむこともできるし、また、体育として心身を陶冶することもできる。これは、その受け取り方によって、できてくる相違である。だがしかし、拳法自体は元来一つのものであって、その受け取り方のいかんによって、変わるものではない。これは、修業者がよく銘記せねばならないことである。

souke2

澤山宗海著「日本拳法」より